税理士事務所のAI試行は、当たった件数ではなく、拾えなかった件数と確認に使った時間で、運用に移すかを決める

目次
請求書や受領請求書と、入金・支払の記録を突き合わせる確認業務で、AIや自動処理を試したとします。試行を終えた報告は「だいたい合っていました」「候補はよく出ていました」という言葉になりやすく、所長はそれだけでは、運用に移してよいかを決められません。合っていたのは、候補に出たものの中の話だからです。候補に出なかった誤りは、候補の一覧を眺めているだけでは数えられません。また、候補がすべて正しくても、確認に使った時間が試行の前より増えていれば、職員の負担は減っていません。
この記事は、税理士事務所の所長・業務責任者が、試行を始める前に決めておく「数え方」と「判断の条件」を、チェック表の形で書き出したものです。扱うのは、見落とし・過検出・確認時間の数え方、見落としを数えるための正解表を誰がどう作るか、記録シートの欄、試行のあとに運用へ移す・範囲を絞る・移さないを分ける判断条件です。ここに書く進め方は、一般的な進め方の提案であり、特定の事務所で試した結果ではありません。
次のものは扱いません。何割までなら合格、といった数値の線、特定のソフトや製品の比較、個別の仕訳や税務の判断、導入の効果の約束です。委託先を選ぶ段階で「小さく試して確かめる方法があるか」を聞く観点は税理士事務所のAI化、委託先の選び方に、試行の前に確認業務の現状を書き出す視点は記帳後の確認業務を棚卸しする視点にあります。この記事は、その先の「試した結果を、どう数えて、どう決めるか」に絞ります。なお、当社は税理士事務所向けの税務AXを提供しているため、その立場は記事の最後に記載しています。
「合っていた」が答えるのは、問いの一部だけ
試行の結果は、次の3つに分けて数えます。ここでいう見落としとは、本来拾うべき誤りや差があるのに、候補に出なかったものを指します。過検出とは、候補に出たが、確認すると問題がなかったものを指します。
| 数えるもの | 意味 | 分母にするもの | 分かること |
|---|---|---|---|
| 見落とし | 拾うべきなのに、候補に出なかったもの | 正解表にある、拾うべきものの総数 | 候補に頼ったとき、確認の外に残る誤り |
| 過検出 | 候補に出たが、確認したら問題がなかったもの | 候補に出たものの総数 | 職員が空振りの確認に使う手間 |
| 確認時間 | 候補を受け取ってから、職員の確認が終わるまでに使った時間 | 試行の前の、同じ月・同じ範囲の確認時間 | 手間が実際に減ったか |
特に見落としと過検出は、一方を減らそうとすると他方が増えやすい関係にあります。候補を広く出す設定にすれば見落としは減りやすい一方、過検出が増え、確認時間も延びがちです。候補を絞れば過検出は減りやすい一方、見落としが増えがちです。どれか一つだけを見ると、判断を誤ります。どちらを重く見るかは、見落としたときに何が起きるかで、事務所が決めます。税務の判断に結びつく種類の差を見落とすことと、少額で記録だけの差を見落とすことは、重さが違います。
「候補のうち、職員が直した割合を記録する」という方法もあります。確認した事務所向けの導入解説の一つは、この割合を毎週測る進め方を示しています。ただ、この割合は候補に出たものを分母にするため、候補に出なかった誤りは入りません。つまり、見落としは別に数えないと、この数字には映りません。これは、その定義を踏まえた本記事の読み方です。
見落としを数えるには、候補とは別に「正解表」が要る
見落としは、候補に出ていないものです。AIの候補を見ても分かりません。そこで、試行に使う月の資料から、拾うべき誤りや差を、候補とは別に洗い出した一覧を作ります。ここでは、これを正解表と呼びます。正解表の1行には、次の項目を書きます。
- 元の資料の位置(どの資料のどの行か)
- 拾うべきものの種類(金額の差、二重の記録、記録の漏れ など、事務所の言葉で)
- 確かめた根拠(書面か、顧問先への照会の回答か)
- 確かめた人と日付
- 税理士の判断が要るものかどうか
正解表の作り方は3通り:見落としが少なく見える作り方に注意する
| 作り方 | 内容 | 向く場面 | 注意すること |
|---|---|---|---|
| 確認が済んだ過去の月を使う | 所長の確認まで終わった月の、指摘や差戻しの記録を正解表にする | 記録が残っていて、新しい作業を増やしたくない | 確認が済んだ月でも、誰にも気づかれなかった誤りは載らない。そのぶん見落としが少なく見える |
| 職員がAIを見ずに突合し直す | 試行に使う月を、職員が通常の手順で確認し、その結果を正解表にする | 見落としを実態に近く数えたい | 職員の確認自体の漏れは残る。試行のための作業が増えるため、その時間は確認時間とは別に記録する |
| AIの候補を見たあとに作る | 候補の一覧を見ながら、職員が正解表を作る | 作業が一番少ない | 候補に引っ張られて、候補に出なかったものを探さなくなる。見落としが少なく出やすい |
三つ目の作り方で見落としが「なし」と出ても、それは数えていないだけかもしれません。見落としを数える目的なら、候補を見る前に正解表を作る二つ目が基本になります。作業を増やせない場合は、一つ目を使い、見落としは過小に出うる数字だと、記録シートに書き添えます。
正解を決めるのは誰か:職員が根拠を確かめ、割れたものだけ税理士が決める
正解表の作成は、元の資料にあたって確かめる作業です。ここは職員が担います。職員が確かめても判断が割れるものや、税務上の取扱いに関わるものは、税理士・所長が決めます。決まるまでの間は「保留」として別に持ち、見落としの数にも過検出の数にも入れません。保留に当たった候補も、同じく保留の欄に寄せます。
保留が多いときは、AIの出来を測る前に、確認の基準が事務所の中で決まっていない可能性があります。その場合の対処は、判断条件の節で扱います。
正解表は、試行の途中で書き換えません。あとから誤りが見つかったときは、見つけた日と理由を添えて行を追加し、追加前の数字も残します。結果に合わせて正解を直してしまうと、試行の数字が何も示さなくなるためです。
確認時間は、始まりと終わりを決め、待ち時間を分けて測る
確認時間は、測り方を決めないと、比べられない数字になります。次のように区切ります。
- 始まり:候補の一覧と出典を受け取った時点
- 終わり:職員の確認が終わり、税理士の確認に渡せる状態になった時点
- 別に記録するもの:税理士の確認時間、顧問先への照会を出してから回答が来るまでの待ち、正解表を作る時間、設定や候補の出し方を直す時間
別に記録するものを確認時間に混ぜると、手間が減ったのか増えたのかが分からなくなります。顧問先の回答待ちは、AIの有無と関係なく発生します。正解表を作る時間は、試行のためだけの作業です。
比べる相手は、試行の前の、同じ月・同じ範囲を人だけで確認した時間です。記録が残っていなければ、推測で埋めず「未計測」と書きます。そのうえで比べたいときは、試行の月とは別の月を人だけで確認して時間を取る方法があります。同じ月を二度確認すると、二度目は慣れで速くなり、比較が歪むためです。別の月を使うと月による差は残るため、その点は所見の欄に書いておきます。
確認時間は、過検出と一緒に見ます。過検出が多ければ、空振りの確認が積み重なって、時間が延びます。逆に、時間が短くても、見落としが増えているだけなら、手間が減ったとは言えません。
記録シート:1顧問先・1か月分を、1行で書く
試行の結果は、顧問先と月ごとに1行で記録します。次の表は、シートの欄の例です。数字を入れた記入例は載せず、何を書くかだけを示します。
| 欄 | 書くこと | 書く人 |
|---|---|---|
| 対象 | 顧問先の記号、対象月、資料の種類(請求と入金、受領請求書と支払のどちらか) | 職員 |
| 正解表の行数(a) | 拾うべきものの総数。保留は含めない | 職員 |
| 保留の行数 | 税理士の判断待ちで、分母に入れていないもの | 職員、税理士 |
| 候補に出た数(b) | 候補一覧に出たものの総数。保留に当たるものは除く | 職員 |
| 正解表と一致した数(c) | 候補のうち、正解表の拾うべきものに当たったもの | 職員 |
| 見落とし | a − c。正解表にあるのに、候補に出なかったもの | 職員 |
| 過検出 | b − c。候補に出たが、確認して問題がないと確かめたもの | 職員 |
| 見落としの内訳 | 資料の種類、取引先、金額の大きさなど、偏りを見る欄 | 職員 |
| 職員の確認時間 | 上で決めた始まりと終わりで測る。未計測は未計測と書く | 職員 |
| 税理士の確認時間 | 職員とは別に書く | 税理士 |
| 別記する時間 | 顧問先への回答待ち、正解表の作成、設定の調整 | 職員 |
| 所見 | 数字に出ない点。出典の位置を追えたか、候補の理由が読めたか | 職員、税理士 |
見落としの割合は(a − c)÷ a、過検出の割合は(b − c)÷ b です。割合は、行数が少ないうちは一つ違うだけで大きく動きます。割合だけでなく、実数と、試行した顧問先・月の数も一緒に記録しておきます。
次は、架空の例です。ある月の試行で、候補に出たものを確認すると、ほとんどが正しいものでした。報告は「よく当たっていました」でした。ところが正解表と照らすと、特定の取引先の入金だけは、候補に一度も出ていませんでした。候補だけを見た報告では、この偏りは見えません。見落としの内訳の欄があれば、偏りが特定の取引先なのか、資料の種類なのかを、あとから切り分けられます。
試行のあとの判断条件:運用に移す、範囲を絞る、移さない
判断の線は、試行の前に書いておきます。結果を見てから書くと、出た結果に合わせた線になりやすいためです。この記事は、数値の水準を示しません。確認した解説の中には、修正割合の目安の数字を挙げるものがありました。それは、その解説の書き手が示す目安であり、他社の数字です。顧問先の資料の形や、誤ったときの影響は事務所ごとに違うため、線は所長が、事務所の言葉と数字で書きます。
結果の出方ごとの、判断条件の例です。
| 結果の出方 | 判断の例 | 次にすること |
|---|---|---|
| 見落としも過検出も、事前に書いた線の内側で、確認時間が試行の前と同じか短い | 運用に移す候補。移すのは、試行した範囲(資料の種類・顧問先)だけ | 範囲を書き残し、広げるときは同じ数え方で別の月から試す |
| 見落としが、特定の資料の種類や取引先に偏っている | 偏った範囲を外して運用に移す。外した範囲は人の確認を残す | 偏りの原因を見て、候補の出し方を直すか、対象から外すかを決める |
| 見落としは少ないが、過検出が多く、確認時間が延びた | まだ移さない | 候補の出し方を直す。直したあとは、調整に使った月とは別の月で数え直す |
| 税務の判断に結びつく種類で、見落としが出た | 移さない。その種類は対象から外し、人の確認を残す | 外す範囲と理由を、税理士・所長が決めて記録する |
| 保留が多い | AIの出来を測る前に、確認の基準を決める | 保留の理由を集めて、事務所の確認ルールとして書き出す |
| 試行した月や顧問先が少なく、月によって結果が大きく違う | 結論を出さない | 月や顧問先を足して、同じ数え方で続ける |
運用に移したあとも、候補は候補のままです。AIは判断を自動で確定させず、職員が元の資料で確かめ、税務の判断は税理士が行います。試行で決めた数え方は、運用に移したあとの点検にもそのまま使えます。
試行を始める前に決めておく項目
- 試す業務を一つに絞った(請求と入金の突合か、受領請求書と支払の突合か)
- 試す顧問先と月を決めた
- 正解表の作り方を、三つのうちから選んだ。候補を見たあとに作る方法を選んだ場合は、見落としが少なく出うることを記録に書いた
- 正解表を作る職員と、判断が割れたものを決める税理士を決めた
- 保留の扱い(分母に入れない)を決めた
- 確認時間の始まりと終わりを決め、別に記録する時間を決めた
- 試行の前の確認時間を取れるか、未計測にするかを決めた
- 見落としと過検出のどちらを重く見るか、その理由を書いた
- 運用に移す・範囲を絞る・移さないの線を、試行の前に書いた。書く人と日付も残した
- 候補の出し方を直す月と、評価に使う月を分けた
- 試行中は正解表を書き換えない決まりにした
- 試行に使う顧問先のデータの扱い(渡す項目・場所・期間)を決めた
最後の項目は、委託先や外部のサービスを使う場合に特に必要です。考え方は、委託先の選び方の記事の「顧問先のデータを、何を・どこに・誰が・いつまで扱うか」にまとめています。
この数え方をすぐ使える事務所、先に基準づくりが要る事務所
この数え方が合うのは、次のような場合です。
- 請求と入金、受領請求書と支払の突合のように、毎月同じ形の確認があり、候補を出す試行ができる
- 元の資料に戻って、拾うべきものを確かめられる
- 職員の確認と、税理士の判断の分担が決まっている
先に基準づくりが要るのは、次のような場合です。
- 例外がほとんどで、確認の基準が言葉になっていない。正解表の行が、人によって変わってしまう(この場合は、先に確認の基準を書き出します)
- 税務の判断そのものを、確認なしにAIに確定させたい(この記事の範囲外です)
- 顧問先のデータを試行に使う条件が決まっていない
この記事で確認した範囲
2026年10月14日に、税理士・会計事務所のAI活用や、AIの試行・検証を扱う解説ページ6件の本文を取得して読みました。確認した範囲では、試行で記録するものとして、候補を直した割合を週ごとに記録する方法、月次にランダムに抜き出した仕訳を元の証憑と照合するサンプリング、無料トライアルに実際の書類(読み取りにくい書類や例外取引を含む)を使って処理時間や修正回数を検証表に記録する方法などが説明されていました。時間を測る範囲について、読み取りだけでなく、アップロードから会計ソフトへの登録まで含めて測り、導入前と同じ条件で比べるよう勧める解説もありました。AIの出力を人が検証する工程を残す説明も複数ありました。試行の前に基準を決める、実際の書類で試す、という点は、この記事も同じ方向です。
一方、確認した6件の本文では、見落とし(候補に出なかった誤り)と過検出(候補に出たが問題のなかったもの)を、AIの候補の評価として別々に数える説明は確認できませんでした。候補とは別に正解表を作り、その作成者と判断者を職員と税理士で分けること、判断が割れたものを保留として分母に入れないこと、確認時間を職員の確認と税理士の確認、顧問先への照会の待ちなどに分けて区切る説明も、確認できませんでした。これは確認した6件の範囲の話で、ほかの解説や資料に同様の記述がないとは言いません。
当社の税務AXについて
当社の税務AXは、税理士事務所の記帳後の確認業務(請求書や受領請求書と、それぞれの入金・支払の記録との突合)の前処理を、事務所ごとに設計・実装・運用する取り組みです。税務判断は、これまでどおり税理士が行います。
当社の公開ページには、進め方として、対象業務を一つに決め、導入前の確認工数と誤検出を測る基準を決めること、検証で候補一覧と出典を用意し、事務所が原資料と照合して、見落とし、過検出、確認時間を記録すること、基準を満たした範囲だけを運用に移すことが書かれています。役割と責任としては、職員は元資料の確認と顧問先への事実の照会を、税理士・所長は対象業務の適否の判断と税務の最終判断を担う整理です。当社の公開ページには、見落としと過検出の定義、正解表の作り方、確認時間の区切り方、判断の線の数値は記載していません。この記事の整理は、その前に事務所の中で決められる内容であり、税務AXの提供範囲を説明するものではありません。銀行明細を元データとする照合は、現時点では含みません。
具体的な内容は税務AX|記帳後の確認を、元データまで追える形に整えるにまとめています。出力の種類ごとに確認がどこに残るかは、会計ソフトの自動仕訳・AI-OCR・生成AIの違いで扱っています。
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