AIで動くロボットを工場の外とつなぐ許可は、誰が出すのか

目次
AIで動くロボットの提案書には、次のような記載が入ることがあります(架空の例です)。「モデルの再学習のため、現場の映像を毎日クラウドへ送信します」「保守のため、ベンダーから遠隔で接続します」。どちらも、工場の設備を社外とつなぐ話です。この判断を誰が持つかは、工場の組織によって違います。決めておかないと、現場は「ネットワークは情報システム部門の話」、情報システム部門は「設備は現場の管轄」と考え、許可を出す人がいないまま、ベンダーの設定どおりに接続が始まるおそれがあります。
この記事は、工場長、生産技術の責任者、情報システム部門の責任者が、ロボットを外とつなぐ前に、何を決め、誰が持つかを整理するためのものです。根拠の一つとして、経済産業省の「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」(以下、ガイドライン)を、原文で読んだ範囲で使います。
扱わないことがあります。セキュリティ製品や対策技術の比較と推奨、ネットワークの設計、規格への適合の判断、「これで安全」という保証です。個別の工場での適否は、情報システム部門、機器を供給する側、専門家に確認してください。
「つなぐ」は一つの決定ではない
ロボットをネットワークにつなぐといっても、外との出入りには、性質の違う道があります。この記事では、次の四つに分けます。道ごとに、許可する理由も、止めたときの影響も、持ち主も変わるためです。
- 外部サービスとやりとりする道:学習、モデルの更新、推論の一部のために、クラウドなど工場の外のサービスとデータをやりとりする
- 外部の人が入る道:ベンダーや開発した会社が、保守や調整のために、工場側の機器へ遠隔から接続する
- データを送り出す道:現場で取った映像、ログ、設定値、生産条件などを、工場の外へ送る
- 人が運ぶ道:保守用のパソコンやUSBメモリなどを、人が工場へ持ち込む、工場から持ち出す
四つめは、ネットワークにつながない運用でも残ります。ガイドラインのコラムは、外部のネットワークに直接つながっていない機器でも、工場の従業員や機器ベンダーの保守担当者など人が介在することで間接的につながり、被害が出ているとしています。持ち込んだツールのウイルススキャンがされないまま工場内のネットワークに接続して、感染が広がった例も挙げています。
ですから、「つなぐか、つながないか」は二択ではありません。更新を現地で人が行う運用にすれば、更新のための外部接続は要らなくなりますが、データの送信など他の道は別に決める必要があり、四つめ(人が運ぶ道)の管理が増えることがあります。つながない案も、つなぐ案と並べて比べます。
ガイドラインは、持ち主について何を書き、何を書いていないか
経済産業省のページは、ガイドラインを、業界団体や企業が自ら対策を企画・実行するときに参照する考え方やステップを「手引き」として示したものと説明しています。この記事も、義務や基準の紹介ではなく、考え方の参照として使います。読んだのは、本編Ver1.1(令和7年4月11日)、付録「スマート化を進める上でのポイント」Ver1.1、付録「工場セキュリティの重要性と始め方」Ver1.0です。
次の表は、この記事の問いに近い記載を、要約して並べたものです。原文の言い回しそのものではありません。
| 論点 | ガイドラインの記載(要約) | 読む場所 |
|---|---|---|
| 外部とのつながりが増える | スマート化で、制御システムが情報システムや外部サービス・クラウドと連携し、外部ネットワーク接続が増える可能性が高く、侵入できる経路が増える。保護対象に加わる例として、クラウドシステム、AI分析システム、IoTセンサ・機器(カメラ等)、IoTセンサのデータ、製造プロセスに関するデータが挙がる | 付録(スマート化)の2.1.2、表3-3 |
| 部門の違い | IT関係部門(情報システム部門など)は工場だけでなく自社のシステム全体の性能を重視し、生産現場は遅延の防止、稼働の維持、安全の確保などを重視する。立場や価値観の違いを認識して、コミュニケーションを行うことが重要とする | 本編の1.2 |
| 関係する部署 | スマート化で追加される関係部署の例として、本社の生産技術部門、情報システム部門・セキュリティ担当部門、DX担当部門を挙げる。部署間の役割分担や連携の現状把握と、関係部署から必要な情報を得られるかの確認を求める | 付録(スマート化)の3.1.1 |
| 想定工場での置き方 | 想定工場(電子機器メーカー)では、生産技術・管理部門が生産ライン設備を構築・管理して設備系ネットワークを、情報システム部門が情報系・生産管理系ネットワークを管理する。設備ベンダーが自動倉庫を遠隔で監視するゾーンは、生産技術・管理部門の管理責任の下で、設備ベンダーの管理領域と想定する。読者の環境に応じて読み替えることを期待する | 本編の2章、2.2、表2-1 |
| 運用を外に出したとき | 運用体制の例として、既存の運用・保守組織、情報システム部門、外部委託、独自組織を、それぞれの利点と弱点とともに示す。運用は外部委託できるが、管理体制をすべて外部委託すると指示系統が行き届かなくなる可能性があり、管理責任はあくまで自社にある | 本編の3.3の参考「運用管理体制(例)」 |
| 止めるか、続けるか | 新規のシステム・サービスを追加したときの工場の稼働への影響、それが攻撃や異常を受けた場合の影響を確認し、工場システムを停止するか稼働を継続するかの判断基準、判断する体制(工場・本社の関係者)、判断の責任者を確認し、事業継続計画に反映する必要があるとする | 付録(スマート化)の3.1.1 |
| 相手への確認 | クラウドは調達・契約・運用保守の段階ごとに確認点を示し、サービス終了時のデータの取り扱い条件や、停止時のバックアップ・復旧の備えを含む。連携先には、障害時の責任範囲、協力内容、共有する情報の取り決めの確認を求める。購入する製品には、保守範囲に脆弱性情報や修正プログラムの提供が含まれるかを確認する | 付録(スマート化)の表3-10、本編の表3-39 |
表のうち、「想定工場での置き方」は、一つの工場を想定した例です。自社の工場にそのまま当てはまるとは限りません。ガイドライン自身も、読み替えを前提にしています。
では、書いていないことは何か。確認した三つの文書の本文を「ロボット」「AI」「学習」「映像」などの語で検索し、前後を読んだ範囲では、ロボットを主題にした、学習やモデルの更新のための外部接続、遠隔保守の最中のロボットの動作、現場の映像の外部送信の記述は、見つかりませんでした。
ただし、語に当たらない隣接の記述はあります。一般論としては、IoT機器の情報をクラウド等で分析してフィードバックする構成、リモートアクセスでの現場機器の監視・制御・保守、リモートメンテナンスのために制御ゾーンから直接インターネットへ出る経路ができること、外部の遠隔保守サービスとの責任分界とデータの送受、高度な制御モデルを保護対象の例に挙げる記述が、ガイドラインにはあります。いずれも、ロボット固有の記述ではありません。ロボットは、本編のコラムに、ライン・設備の改善の例(ロボットや自動装置は計算機を内蔵し、無線LANなどで外部接続することが多くなり、新たなリスクがある)として、短く出てきます。「AI」は、サイバーフィジカルシステムの説明、保護対象の例としての「AI分析システム」、セキュリティ運用に使うツールの例に出てきますが、ロボットの動きを決めるAIモデルの更新を扱ったものではありません。
つまり、ガイドラインから受け取れるのは、外部接続が増えるときに見る観点と、部門やベンダーの間の責任をはっきりさせる考え方です。ロボットにあてはめた持ち主の割り当ては、読み替えて自社で決める必要があります。
道ごとに、許可の前に決めること
外部サービスとやりとりする道
最初に分けたいのは、外のサービスが、ロボットの動きを決める経路に入っているのか、学習や更新だけを受け持つのかです。後者でも、更新を受け入れるかどうかの判断は残ります。決める項目は次のとおりです。
- 外へ出す処理:動作の判断が外のサービスに依存するのか、外は学習と更新だけで、動作は工場内で完結するのか
- 外からの指示:外のサービスから、工場内の機器へ制御の指示が届く構成かどうか。ガイドラインは、ゾーン間の検討の視点に、制御ネットワーク外からの制御指示の有無を挙げています
- 接続が切れたとき:ロボットは止まるのか、制限をかけて続けるのか、人の作業に切り替えるのか。そのうえで、生産を続けるか止めるかを決める基準と、決める人を、先に書いておく
- 提供者の責任範囲:障害が起きたとき、サービスが終わったときのデータの扱い。ガイドラインのクラウドの確認点に対応します
- 更新の承認:モデルの更新や設定の変更を、誰が承認し、いつ適用するか。承認と記録の分担は、ロボット導入後の運用体制の記事で扱っています
外のサービスが止まったときの影響について、ガイドラインのコラムは、クラウドのリスクのうち工場システムの事業に関わる点として、最大許容停止時間、インシデント対応、クラウド事業者自身の事業継続を挙げています。
外部の人が入る道
ガイドラインの付録(工場セキュリティの重要性と始め方)は、工場セキュリティの重要性を示す事例の一つとして、給食センターから医療機関へのランサムウェア攻撃を紹介しています。その事例の調査報告書が指摘した問題点には、ベンダーが遠隔保守をするための機能が常時使える状態だったこと、設置後の役割分担が明確でなく、ファイアウォールのファームウェアの更新が行われていなかったことが含まれます。この記事では、そのうち遠隔保守の入口と、設置後の分担の二点を参照します。
決める項目は次のとおりです。
- 接続の開き方:常時つないだままにするのか、保守のたびに開くのか。開く許可を出すのは誰か
- 入る人の範囲:ベンダーのどの担当者が入るのか。再委託先は含まれるのか。ガイドラインは、スマート化で増えるステークホルダーとして、保守などを委託しているベンダーを挙げ、再委託先の洗い出しも求めています
- 作業の記録:接続中に何をしたかを、誰が受け取り、どこに残すのか
- 責任の境目:外部の遠隔保守サービスを使う場合の事例として、ガイドラインの付録(スマート化)の付録Aの事例②は、自動倉庫のゾーンと同じセキュリティ要件を外部サービスの提供会社に求めるのは難しいため、この事例では遠隔保守サービスを自動倉庫のゾーンから分けるとしています。分けるときは、外部サービスとの責任分界を確認したうえで境界を検討すること、入出庫や在庫のデータのような機密データを送受するので、ゾーンの間の要件の検討が必要なことを挙げています。ゾーンの分け方そのものは、この記事では扱いません
- ロボットが動く作業:遠隔の作業が、ロボットの動作や設定に及ぶ場合は、安全の持ち主への確認が要る。担当と前提条件の考え方は、ロボットの安全の記事で扱っています
データを送り出す道
何を送るかが、この道の出発点です。映像、音、ロボットのログ、設定値のほか、生産の条件や図面が含まれることもあります。ガイドラインの想定データには、生産レシピ、設備プログラム・パラメタ・図面が入っており、これらの消失、改ざん、漏えいが、生産ラインの停止や生産ノウハウの漏えいにつながるとされています。
- 送る範囲:送ってよいデータを、種類ごとに確認する。ガイドラインは、情報を送る側・受け取る側で、送受してよいデータの確認を挙げています
- 受け取る側の用途:何のために使い、どこに保管し、いつ消すのか。学習に使う範囲を超えて使われないか。ガイドラインは、データの取得範囲と利活用範囲を、自社内や外部事業者との間で確認することを求めています
- 作業者が映る場合:映り込みの扱いは、現場データの取り方の記事で扱っています
- 出す前に取り除くもの:技術情報を取り除いてから外へ出す考え方は、データ精製の記事で扱っています
人が運ぶものも、数える
保守用のパソコンやUSBメモリの持ち込み・持ち出しは、ネットワークの設定に現れません。誰がそれを受け入れ、どこで確認し、記録を誰が持つのかを、三つの道と同じ扱いで決めます。
許可する人・開け閉めする人・止める判断をする人を分ける
接続一件につき、役割を三つに分けて書きます。許可する人は、その接続の目的と範囲を認め、止まったときの生産への影響を引き受ける人です。開け閉めする人は、接続を設定し、遮断する人です。止める判断をする人は、異常の疑いや接続先の障害のときに、切るか、続けるかを決める人です。これは、作成者による整理の提案です。
分ける理由は、一人に集まらないようにするためと、ベンダーに任せる範囲を明らかにするためです。手がかりは、ガイドラインにあります。
- 開け閉めは、そのネットワークを管理している部門に置くと、実態に合います。ガイドラインの想定工場では、設備系は生産技術・管理部門、情報系と生産管理系は情報システム部門でした。自社では、この境目がどこにあるかを確かめます
- 運用を外部に委託しても、ガイドラインは管理責任を自社に置いています。ベンダーを開け閉めする人にする場合でも、許可と止める判断は自社が持つ、と整理します
- 止める判断には、工場の側を入れます。ガイドラインは、停止か稼働継続かの判断に、工場・本社の関係者と責任者の明確化を求めています。攻撃の早期認識と対処の役割分担の例でも、決定の段階の意思決定者に、セキュリティ担当部署の責任者と工場長・現場責任者が並び、重要度に応じて経営者も入ります
自社の境目を確かめるための質問です。
- ロボットがつながるネットワークは、設備系か、情報系か。それを管理しているのは、どの部門か
- 工場の外へ出る出口の設定を、変更できるのは誰か。現場が独自に作った経路はないか
- いまベンダーが保守のために接続している機器はあるか。その許可は、誰がいつ出したか
- 接続を切ったとき、生産への影響を判断できるのは誰か
- 夜間や休日に接続の異常に気づいたとき、連絡はどこへ行くか
次の表は、道ごとに、許可の単位と、止める判断の前提を並べたものです。一例ですので、工場に合わせて書き換えてください。
| 道 | 許可の単位(何を一件として許可するか) | 止める判断の前に決めておくこと |
|---|---|---|
| 外部サービスとやりとりする | 接続先のサービス、送る内容、頻度、動作への関与の有無を一件とする | 接続が切れたときのロボットの動きと、その状態で生産を続ける基準 |
| 外部の人が入る | 入る人の範囲と、接続を開く条件(常時か、都度か)を一件とする | 作業中に異常を見たときに、接続を切る人と、現場への連絡の手順 |
| データを送り出す | データの種類、送り先、用途、保管期間を一件とする | 送り先で問題が起きたときに、送信を止める人と、受け取り済みのデータの扱い |
| 人が運ぶ | 持ち込む機器の種類と、確認の場所を一件とする | 持ち込み機器に問題が見つかったときの、受け入れの停止と報告先 |
ベンダーに書面で出してもらう情報
許可を出すには、材料が要ります。ベンダーの提案書だけでは足りないことがあるため、発注の前に、次の情報を書面で出してもらいます。ガイドライン本編の付録(調達仕様書のテンプレート)は、調達の際に、あらかじめセキュリティの要件を供給側へ提示したうえで契約することが重要としています。また、制御機器にセキュリティ機能を実装するだけの物理的な余地がない場合(記載例はPLC)については、供給側から情報を取り、調達する機器が満たしている要件と追加の対策が必要な要件を明確にすることが重要と書いています。本編のサプライチェーン対策は、納入後に顧客が行う変更も想定して、双方が実施できる内容と責任範囲を、文書を交わして定める必要があるとしています。
| 出してもらう情報 | 何の判断に使うか | 出てこないとき |
|---|---|---|
| 外部との通信の一覧(相手先、向き、送る内容、頻度) | 道ごとの許可 | 許可の単位が決められないため、接続の許可を保留する |
| 保守の接続の方式と、接続を開始できるのが自社側かベンダー側か | 外部の人が入る道の許可 | 常時つながる前提かどうかが分からないため、保留する |
| 保守に入る担当者の範囲と、再委託の有無 | 入る人の範囲の確認 | 再委託先を含めて確認できないため、範囲を限る |
| 外部との接続が切れたときの動作と、復旧の手順 | 止めるか続けるかの基準 | 基準が書けないため、切断を前提にした試験を求める |
| 脆弱性の情報や修正プログラムの提供が、保守の範囲に含まれるか。連絡窓口と対応体制 | 導入後の更新と、問題が見つかったときの動き | 誰が更新するかが決まらないため、保守契約の範囲を確認する |
| クラウドの提供者の責任範囲と、サービスが終わったときのデータの扱い | 外部サービスの道の許可 | 契約で確認する事項として残す |
| 送ったデータの保管場所、期間、用途、削除の方法 | データを送り出す道の許可 | 送る範囲を狭めるか、送らない案を検討する |
| セキュリティ上の問題が起きたときの責任範囲と、協力の内容 | 事故の際の連絡と分担 | 契約で、分担を文書にするよう求める |
この表は、ガイドラインの確認点を、ロボットの導入にあてはめた作成者の提案です。ガイドラインがロボットのために示した項目ではありません。
接続を認める前に、この順で確かめる
- つなぎたい理由を一文で書き、つながない案(現地での更新、持ち込みでの更新)も並べる
- 外とのやりとりを四つの道に分けて、相手先、向き、送る内容、頻度を書き出す
- ベンダーに、前の表の情報を書面で出してもらう
- 接続一件ごとに、許可する人、開け閉めする人、止める判断をする人を書く
- 接続が切れたとき、疑わしいときに、止めるか続けるかの判断基準を決める
- 許可した内容と接続先の一覧を、情報システム部門と現場の両方が見られる場所に置く
次の状態では、接続の許可を保留します。許可する人が決まっていない。ベンダーから通信の一覧が出ていない。接続が切れたときの動きを説明できない。いずれかに当てはまる間は、つなぐ前の整理が終わっていません。
なお、契約と受け入れの条件への落とし込みは、検収の前に契約で決めておくことの記事で扱っています。
社内で決めきれないとき
WITHPROJECTSの公開ページ(フィジカルAI事業化・FDE支援)は、社内で決めようとしても、技術部門、事業企画、法務、情報システムの結論が噛み合わなくなることを、課題として挙げています。また、現在進行中の案件で下している判断の一つとして、学習データの資産化と、そのセキュリティ設計を挙げています。ネットワークの設計・構築や、セキュリティの診断の提供は、公開ページに記載のある範囲ではないため、この記事では述べていません。公開ページの全体像は、フィジカルAI事業化・FDE支援にあります。
この記事は、個別の工場の接続の適否を判断するものではなく、安全や成果を保証するものでもありません。
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