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フィジカルAI(Physical AI)で特許戦略はどう変わる?

AI

守るだけでは足りない。AIが現実世界で「仕事を完遂する閉ループ」を、特許・営業秘密・データ権利・標準化でどう囲うか

公開日:2026年8月19日 / 最終更新:2026年8月19日
執筆:木林 威夫

結論から書きます。大きく変わるのは「特許制度」ではなく、「発明をどこで切り取るか」です。

2026年8月時点で、フィジカルAI(Physical AI)専用の別制度が設けられているわけではありません。AI関連発明は現在も、新規性、進歩性、記載要件、発明該当性という既存の枠組みの中で審査されています。
一方で、AI技術の発達を踏まえた特許制度上の対応については、産業構造審議会の特許制度小委員会などで現在も検討が続いています。 制度が固定されているという意味ではありません。
変わるのは、企業が何を発明として捉え、どこを権利化し、どこを秘匿し、どこを開くかです。
そしてこれは抽象論ではありません。特許庁が公表している審査事例に、すでに答えの一部が書かれています。
私は現在、製造企業・大学研究者・AI技術を実際に結びながら、フィジカルAIの事業化に当事者として関わっています。その立場から、知財をどう設計すべきかを整理します。

1. まず、特許庁の事例を読んでください

多くの企業が「AIを載せれば新しい発明になる」と考えています。特許庁は、そうとは限らないことを事例で示しています。
特許庁は、AI関連技術について、進歩性・記載要件・発明該当性の判断のポイントを分かりやすく示すことを目的として、審査事例を作成・公表してきました。平成29年3月に5事例、平成31年1月に10事例、そして令和6年3月13日付けでさらに10事例が追加され、審査ハンドブックに掲載されています。
このうち、フィジカルAIを考える企業が真っ先に読むべき事例が2つあります。
事例37:AIを業務に適用しただけでは、進歩性が否定される
大規模言語モデルに質問文を入力して回答文を自動生成する構成について、慣用技術であるとして進歩性が否定された事例です。
特許庁の説明では、これは「人間が行っている業務の人工知能を用いた単純なシステム化」であり、当業者の通常の創作能力の発揮に当たる、と整理されています。
事例38:一方で、具体的な工夫には進歩性が認められる
対照的に、複数の関連文章から参考情報として適したキーワードを抽出し、制限文字数内でプロンプトを生成するという具体的な工夫については、進歩性が認められています。
この2つが意味すること
「AIを使った」という事実だけで、進歩性が認められるわけではありません。
問われるのは、どういう技術的工夫でそれを成立させたかです。
なお事例38についても、請求項1の段階では進歩性が否定され、キーワード抽出等のより具体的な構成を加えた請求項2で進歩性が認められる、という構造になっています。同じ発明でも、どこまで具体的に切り取るかで結論が変わります。
フィジカルAIでは、この区別がさらに重要になります。「ロボットにAIを載せて自動化しました」だけでは、同じ判断を受ける可能性があります。
どこに技術的な工夫があるのかを自分で言語化できていない企業は、進歩性を基礎づける技術的特徴を明確にしにくくなります。

2. もう一つの事例:「学習済みモデル」は、それだけでは発明にならないことがある

これも重要です。
特許庁の事例では、「学習済みモデル」が、コンピュータへの指令を規定するプログラムではなく、機械学習で得られた重み付け係数からなる単なるパラメータセットにとどまる場合、情報の単なる提示であり発明該当性を満たさないとされた例が示されています。
「学習済みモデル」という名称だから駄目なのではありません。請求項がどう構成されているかの問題です。
つまり——
モデルのパラメータそのものは、特許で守れるとは限りません。
これは、後述する「何を特許にし、何を営業秘密にするか」の議論に直結します。守れないものを守ろうとして時間を使う前に、守り方を変える判断が必要です。

3. フィジカルAIでは、競争単位が「モデル」から「閉ループ」へ広がる

生成AIでは、多くの場合、
入力 → AIモデル → 出力
という情報空間の中で価値が生まれていました。
しかしフィジカルAIでは、
センシング → 状態認識 → 世界理解 → 行動計画 → 制御 → アクチュエータ → 現実世界への作用 → 結果判定 → 再学習
という閉じたループになります。
例えば、ロボットが箱を持ち上げるだけでも、実際には一つの技術ではありません。対象物を見る。形状と位置を理解する。どこを持つか決める。アームを動かす。グリッパーの力を調整する。滑りを検知する。必要なら持ち直す。目的の位置に置く。成功したか確認する。失敗した場合、原因と復旧行動を学習する。
これらが連続して初めて、「箱を移動させる」という仕事が成立します。
政府が2026年に策定した「AIロボティクス戦略」でも、今後の競争軸は、コンピューティング、制御系、駆動系、知覚系を統合したフィジカル・インテリジェント・システムの「統合力・運用力」へ変化すると整理されています。
知財も同じです。AI担当者だけで特許を考える。機械担当者だけで考える。センサー会社がセンサーだけを考える。この分断では、実際の競争単位を取り逃がします。

4. 「部品の特許」から「仕事を成立させる閉ループ」へ

もちろん、モーター、センサー、グリッパー、制御装置など、個別技術の特許は今後も重要です。しかし、もう一段上を見る必要があります。
例えば、高所インフラを補修するフィジカルAIドローンを考えます。
従来なら、機体、アーム、画像認識、制御方法を、それぞれ別々の技術として見ていたかもしれません。
しかし顧客が買いたいのは、アームでもAIでもありません。
「人間が危険な高所へ行かなくても、点検・判断・補修・再確認まで終わること」
です。であれば、知財もこの仕事から逆算すべきです。
対象物を認識する → 接近する → 接触位置を決める → 接触力を制御する → 作業する → ずれを検知する → 姿勢を補正する → 作業結果を検査する → 必要なら再作業する
この一連の閉ループのどこに技術的工夫があるのか。顧客価値が成立する単位まで、発明を広く観察する。 これがフィジカルAI時代の出発点です。

5. AIモデルだけを押さえても、十分とは限らない

もう一つ理由があります。AIモデルは変わるからです。
基盤モデルが更新される。学習方法が変わる。推論系が変わる。VLA(Vision-Language-Action)が変わる。World Modelが変わる。数年前のアーキテクチャが、そのまま数年後の主流である保証はありません。
一方で、
何をセンシングし、どの状態を判定し、どう身体を動かし、どの結果を確認するか
という物理世界側の問題構造は、比較的残りやすい。
だから私は、フィジカルAIの知財では、モデルだけでなく次の4層を見る必要があると考えています。
Physical AI知財の4層
Task|何の仕事を完遂するのか
点検、把持、搬送、研磨、塗装、溶接、清掃、農作業、介護、災害対応。
Body|どの身体で作用するのか
ロボット、ドローン、アーム、グリッパー、センサー、モーター、機構。
Intelligence|どう認識・判断・制御するのか
画像認識、World Model、VLA、軌道生成、力制御、失敗検知、復旧。
Data|何を学習し、どう改善するのか
状態、行動、結果、成功、失敗、復旧、環境条件。
この4層の交点に、強い知財が生まれます。

6. しかし、「全部特許にする」は正しくありません

知財戦略というと、「技術を見つける → 特許を取る」という一本道で考えがちです。
フィジカルAIでは、その前に分ける作業が要ります。
特許にするもの
秘密にするもの
標準として開くもの
契約で支配するもの
経済産業省も、企業が市場獲得を最大化するために、独占したい技術と普及させたい技術を使い分けるオープン&クローズ戦略を示しており、関連する事例集は2026年2月17日にも更新されています。
フィジカルAIでは、この考え方がさらに重要になります。
領域
基本的な考え方
Patent|特許
他社が実装した際に外から確認しやすい技術、模倣されたくない機構・制御・システム
Secret|営業秘密
学習データ、調整値、製造条件、評価ノウハウ、失敗復旧ノウハウなど外から見えにくいもの
Standard/Open|標準・公開
市場全体に採用させたいインターフェース、評価方法、データ形式、安全論証
Contract & Data Use|契約・データ利用権限
誰がデータを利用・学習でき、派生データや改善モデルを誰が使えるか
私はこれを、Physical AI知財OSと呼んでいます。

7. 特に「営業秘密」の価値が大きくなる

第2節で見たとおり、モデルのパラメータそのものは、単なるパラメータセットとして発明該当性を否定される場合があります。
つまり、特許で守れるとは限らない。にもかかわらず、特許出願は原則として出願から1年6月後に公開されます。
そして現場データには、映像以上のものが含まれています。別稿フィジカルAI時代、日本の工場データを「守るだけ」では負けるで整理したとおり、高解像度かつ同期されたデータからは、装置の動特性、制御特性、加工条件、作業順序、熟練者の判断、安全マージン、失敗条件、復旧方法まで推定される可能性があります。
データそのものが、技術です。
さらに、学習データの選び方、失敗データの分類、報酬設計、ファインチューニング、キャリブレーション、モデル評価方法、現場固有の復旧ロジック。こうしたものは、外部から観測できない場合があります。
外から見えないものを公開して特許化するより、営業秘密として保持する方が競争優位を維持できる場合がある。
ただし、「見せていない」だけでは足りません。 不正競争防止法上の「営業秘密」として保護を受けるには、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件を満たす必要があります。経済産業省の営業秘密管理指針にも示されているとおり、社内での管理措置が伴っていなければ、保護の対象になりません。
「特許を何件取るか」ではなく、「何を公開し、何を永久に見せないか」が経営判断になります

8. 攻めの知財:将来AIが代替する人間作業から、逆算する

では、攻める側ではどう考えるか。
現在作っている製品から特許を探すのではなく、将来AIが代替する人間作業から特許空間を逆算します。
例えば「人間が鉄塔へ登って行っている作業」を分解します。点検。異常発見。位置特定。接近。接触。工具交換。補修。品質確認。記録。
その上で、どの部分が将来フィジカルAIに置き換わるかを考え、機構、センシング、認識、判断、制御、失敗復旧、安全、データ、インターフェースまで知財マップを作る。
製品を作ってから特許ではなく、将来の仕事から先に権利空間を設計する。 これがフィジカルAI時代の攻めの知財です。
そして、ここまで来ると次の論点が出てきます。

9. 特許 × 標準化 ── ここからが本題です

政府の「AIロボティクス戦略」には、ロボットメーカー、部品メーカー、SIer等が連携しながら、機能モジュール、コンポーネント、インターフェース、データ形式、安全論証について標準化・共通化を進めることが明記されています。
標準化は未来の話ではありません。すでに国家戦略の中に入っています。
ここで、特許と標準化は別々の話ではなくなります。
私は以前、フィジカルAIのデータ戦略について、次の連鎖で整理しました。
Data → Benchmark → Interface → Physical Design
データが使われる。そのデータが評価基準になる。評価基準へ接続するためのインターフェースが生まれる。最後には、性能を出すために身体設計そのものが合わせられていく。
そして鎖の後ろへ行くほど、剥がしにくくなります。
データ形式は、変換できる
ベンチマークが市場の評価軸になれば、無視しにくい
インターフェースまで来ると、外れることが接続不能を意味する
身体設計まで到達すると、標準を外すには製品の再設計が必要になる
特許が「この技術を使うには権利者との関係が必要」を作るものだとすれば、標準は「市場参加者がこの方式に合わせる」を作るものです。
両者が組み合わさると、競争力の性質が変わります。

10. ただし、「標準化すれば勝てる」ではありません

ここにも罠があります。何でも標準化すれば、自社の差別化まで消えます。
オープン&クローズ戦略の考え方でも、普及させる部分をオープンにしながら、競争力の源泉となる領域を特許等でクローズするという組み合わせが重要とされています。
例えば、
インターフェースは開く。 性能を出す内部技術は閉じる
評価方法は標準化する。 その評価で最高性能を出す制御は閉じる
データ形式は共通化する。 高品質データを作る方法は閉じる
標準化とは、技術を手放すことではありません。
どこを開くと市場が増え、どこを閉じると利益が残るのか。その境界線を設計する仕事です。
そして順番についても、私の考えを書いておきます。
私はフィジカルAIでは、まず実利用を通じてデータ・評価基準・参照モデルをデファクト化し、その上で必要な領域を正式標準へ接続する戦略を重視しています。 使われていない規格を先に作っても、市場は動かないからです。
ただし、これは普遍的な原則ではありません。 安全・認証・相互運用性が市場成立の前提となる領域では、正式標準化を先行または並行させる選択も必要です。標準化の最適な進め方は、市場ポジション、技術優位性、知財の支配性などによって変わります。

11. 標準必須特許という論点も出てくる

通信分野では、標準規格を実施するうえで避けて通れない特許、いわゆる標準必須特許(SEP)が重要な役割を持っています。特許庁もSEPに関するポータルやライセンス交渉の手引きを整備しており、IoTの普及によって通信業界だけでなく製造業やサービス業など異業種間でSEPのライセンス交渉が発生する状況を説明しています。
フィジカルAIが、ロボット、自動車、ドローン、工場、物流、医療、建設、インフラ、都市へ広がれば、同じような問題が別のレイヤーでも生まれる可能性があります。
もちろん「標準に入れば必ずSEPになる」という単純な話ではありません。標準必須性、ライセンス条件、FRAND等については専門的な検討が必要です。
経営者が理解しておくべきなのは、「特許を取る」ことと「市場のルールを作る」ことが、今後さらに接近するということです。

12. 守りの知財も、フィジカルAIでは複雑になる

攻めるだけではありません。
一台のロボットでも、AI、画像認識、センサー、通信、制御、モーター、減速機、グリッパー、安全機構、UI、クラウド、データ処理と、多数の技術領域が結合します。AIだけを見てFTO(Freedom to Operate)を考えても不十分です。
さらに、大学との共同研究が入る。他社の基盤モデルを使う。OSSを使う。外部データを使う。SIerが実装する。顧客工場で新しい学習データが生まれる。
すると、
誰が何を発明したのか
既存技術は誰のものか
共同研究から生まれた技術は誰が使えるか
顧客データで改善したモデルを別顧客へ使えるか
派生データは誰のものか
という問題が一気に発生します。
特許庁もオープンイノベーション向けに、大学・企業間の共同研究開発契約を含むモデル契約書を公開しており、共同研究と知財を最初から一体で考える必要性を示しています。
共同研究契約を締結してから知財を考えるのでは、遅い場合があります。
研究チームを作る段階から、事業化したとき誰がどこを使うのかまで見ておく必要があります。

13. AIを研究開発に使うほど、「誰が発明したか」のログが重要になる

もう一つ、新しい問題があります。AI自身を研究開発に使う企業が増えるからです。
設計案をAIが生成する。材料候補をAIが探索する。機構案をAIが提案する。制御方法をAIが生成する。シミュレーションをAIが回す。
このとき、誰が発明者なのかという問題が出てきます。
日本の特許法上、発明者は自然人であることが前提とされています。AIを発明者として記載した出願をめぐる訴訟では、知的財産高等裁判所が2025年1月30日に、特許法に基づき特許を受けることができる「発明」は自然人が発明者となるものに限られると判断しています。AIが自律的に生成した成果物の扱いについては、今後の立法政策上の論点とされています。
だから、AIをR&Dへ深く入れる企業ほど、
誰が課題を設定したか
誰が技術的特徴を考えたか
AIから何が出たか
誰が選択・修正・具体化したか
という研究開発ログの価値が上がります。
AI時代は、研究開発を高速化できます。同時に、人間がどこで発明に寄与したのかを説明できる状態も作っておく必要があります。

14. 展示会・PoC・共同研究より前に、知財を考える

フィジカルAIでは、技術を外へ見せるタイミングも早くなります。PoCをする。学会で発表する。展示会へ出す。動画を公開する。共同研究先へ説明する。顧客工場で実証する。
しかし特許では、原則として出願前の公開が新規性に影響します。
日本には一定の条件下で「新規性喪失の例外」がありますが、特許庁自身も、これはあくまで出願前に公開された発明は特許を受けることができないという原則に対する例外だと説明しています。
完成したら弁理士へ持っていく、ではありません。
PoC・展示・共同研究へ出す前に、一度知財マップを見る。
特にフィジカルAIは、研究と事業化が同時進行しやすい領域です。知財だけ後追いにしない方がよい。

15. Physical AI知財マップ ── 最初に整理する10項目

企業がフィジカルAI事業へ入る際、最低限これを整理します。
① Market ── どの産業の、どの仕事がAI・ロボットに置き換わるのか
② Task ── 人間が現在行っている仕事を、状態・判断・行動・結果に分解する
③ Technology ── その仕事を成立させるAI、センシング、機構、制御、材料、通信を特定する
④ Patent ── 他社に実装された場合に、外から確認でき、押さえるべき技術を特定する
⑤ Secret ── 学習データ、製造条件、調整方法、失敗復旧など、公開しない方が強い領域を特定する
⑥ Data Use ── 現場データ、派生データ、学習利用、モデル改善の利用権限を契約で整理する
⑦ Standard ── 普及させるべきデータ形式、インターフェース、評価方法、安全論証を決める
⑧ Academic/Partner ── 不足技術を大学・研究機関・企業から補完する
⑨ PoC ── 特許・秘密・データ権利を壊さない形で実証する
⑩ Business ── 製品売切りだけでなく、ライセンス、データ、ソフトウェア更新、保守、標準対応を含めて収益化する
特許から始めません。市場と仕事から始めます。

16. これは、どの専門職の役割定義にも、まだ入っていない

ここが、フィジカルAI特有の難しさです。
弁理士は、権利化の専門家です。研究者は、技術の専門家です。特許庁で審査に携わってきた方は、どこで権利が切れるかを誰よりも正確に判断できます。標準化の専門家は、規格に詳しい。事業会社は、現場に詳しい。
誰も間違っていません。それぞれの領域で、深い専門性があります。
問題は別のところにあります。フィジカルAIには、まだ前例がありません。
だから、
「この企業が3年後にどの市場を取りに行くべきか」
「そのために今期、何を出願し、何を秘匿し、何を測るべきか」
「不足している技術を、どの研究室から持ってくるべきか」
「PoCの前に、どの契約を締結しておくべきか」
一枚の計画に落とす作業が、どの専門職の役割定義にも、まだ入っていません。
これは誰かの怠慢ではありません。役割が定義されるより先に、技術と市場が動いているだけです。
必要なのは、誰か一人が全部の専門家になることではありません。
「どの専門家を、どの順番で、どこに配置すれば事業になるのか」を先に設計し、そこから専門家へ渡す機能です。
私は、ここが今後もっとも不足すると考えています。そして、この機能があって初めて、弁理士も研究者も審査の専門家も、自分の専門性を深く発揮できる形で案件を受け取れます。

17. 私たちが扱うのは、「特許出願代行」ではありません

私が関わっている一般社団法人デジタル・オープンイノベーション・キャンパス(DOIC)が扱うのは、個別の特許出願手続そのものではありません。弁理士・弁護士が担う権利化・法的判断の、さらに上流です。
この会社がフィジカルAIへ進むと、どこが将来の知財になるのか
どこを特許にし、どこを秘密にすべきか
どこを標準化すると市場を取れるのか
不足技術をどの大学・研究者から持ってくるのか
共同研究を始める前に、何を整理すべきか
データをどこまで外へ出すのか
将来、どこを業界標準にしたいのか
これらを、事業 × AI × ロボティクス × 大学研究 × 知財 × 標準化の横断で整理する。その上で必要に応じて、大学、研究者、知財専門家、企業、行政を組み合わせます。
専門家の仕事を代替するのではなく、専門家が深く処理できる形まで、企業側の事業構造を先に定義する。 ここが役割だと考えています。

18. 2026知財・情報フェアでも、この問いを投げかけます

第35回 2026知財・情報フェア&コンファレンスが、2026年9月16日(水)から18日(金)まで、東京ビッグサイトで開催されます。主催は産経新聞社、一般社団法人発明推進協会、一般財団法人日本特許情報機構です。
1981年の初開催以来40年以上の歴史があり、2024年には名称を「特許」から「知財」へ刷新。特許・実用新案に加え、意匠・商標まで網羅する国内最大級の知財専門展示会です。前回は158社・団体が出展し、15,000名を超える来場者が集まりました。
そして今回は出展数・講演数ともに過去最大規模となり、国内外から171社・団体、367小間が集結します。特許庁、WIPO、EUIPO、韓国知識財産処、欧州特許庁、JETROなどによる国際コンファレンスも開催されます。
こうした場でも、フィジカルAI時代の知財について、「何を特許にするか」だけではなく、攻める知財、守る知財、営業秘密、データ、共同研究、標準化まで含めて考える必要性を、企業の方々と話していきたいと考えています。
フィジカルAIは、まだ産業構造そのものが固まっていません。
だからこそ今は、既に決まった規格へ対応する時期ではなく、規格や権利関係そのものを作れる可能性がある時期でもあります。

19. まとめ:フィジカルAIでは、特許は「点」ではなくなる

フィジカルAIによって、特許制度そのものが直ちに別物になるわけではありません。しかし、企業の知財戦略は大きく変わります。
「AIを使った」だけでは進歩性は認められない。 特許庁の事例が、生成AIを業務に適用しただけの構成について進歩性を否定している
モデルのパラメータそのものは、特許で守れるとは限らない。 単なるパラメータセットは発明該当性を否定される場合がある
AIモデルだけでなく、Task × Body × Intelligence × Dataを見る
部品単体ではなく、認識 → 判断 → 行動 → 結果 → 学習の閉ループを見る
何でも特許にしない。Patent/Secret/Standard/Contract & Data Useを使い分ける
製品から特許を探さず、将来AIが代替する人間作業から逆算する
特許と標準化は接近する。Data → Benchmark → Interface → Physical Design
ただし何でも開かない。開く境界線を設計する
共同研究は、契約前から知財を一体で考える
AIをR&Dに使うほど、人間の寄与を説明できる記録が重要になる
言い換えれば、
フィジカルAI時代の知財戦略とは、「技術をどう守るか」だけではなく、「未来の産業のどこを自社が支配し、どこを市場へ開くか」を決める仕事になる。
そしてこれは、製品が完成してから考えるテーマではありません。まだ何を作るか決まり切っていない今だからこそ、設計できるテーマです。

FAQ

よくある質問
Q1. フィジカルAIになると、特許制度自体が変わるのでしょうか?
A. 現時点でフィジカルAI専用の特許制度が存在するわけではありません。AI関連発明も既存の特許制度の中で、新規性、進歩性、記載要件、発明該当性等が判断されています。重要なのは制度変更というより、AI・機械・データ・制御が統合されることで「発明をどの単位で捉えるか」が変わることです。

Q2. AIを載せれば、進歩性は認められますか?
A. 「AIを使った」という事実だけでは認められません。特許庁の審査事例では、大規模言語モデルに質問文を入力して回答文を自動生成する構成について、慣用技術であるとして進歩性が否定されています。「人間が行っている業務の人工知能を用いた単純なシステム化」は、当業者の通常の創作能力の発揮に当たると整理されています。一方で、具体的な技術的工夫には進歩性が認められた事例もあります。

Q3. AIモデルは特許にすべきですか?
A. 一律には決まりません。特許庁の事例では、「学習済みモデル」がコンピュータへの指令を規定するプログラムではなく、機械学習で得られた重み付け係数からなる単なるパラメータセットにとどまる場合、発明該当性を満たさないとされた例が示されています。なお、営業秘密として保護を受けるには秘密管理性・有用性・非公知性の3要件が必要です。外部から確認できる技術は特許が有効な場合がありますが、学習データやパラメータ、ノウハウなど外部から見えにくいものは営業秘密として保持する選択肢もあります。

Q4. フィジカルAIと標準化は関係がありますか?
A. 大きく関係します。政府のAIロボティクス戦略でも、機能モジュール、コンポーネント、インターフェース、データ形式、安全論証等の標準化・共通化が明記されています。

Q5. 特許と標準化は両立できますか?
A. 可能です。ただし標準に関係する特許では、標準必須性やライセンス条件など専門的な問題が発生することがあります。特許庁も標準必須特許に関するポータルや手引きを整備しています。

Q6. AIが考えた発明は、AI名義で特許を取れますか?
A. 日本では発明者は自然人であることが前提とされており、知的財産高等裁判所も2025年1月30日にその旨を判断しています。AIを研究開発へ使う場合には、人間が発明へどのように寄与したかを記録しておく重要性が高まります。

Q7. 大学と共同研究する場合、いつ知財を考えるべきですか?
A. 研究開始後ではなく、できればテーマ設計・契約前からです。既存技術、共同研究成果、データ、改善技術、事業化時の利用権などをあらかじめ整理することで、研究成果を事業へ接続しやすくなります。特許庁も大学・企業間の共同研究開発契約を含むモデル契約書を公開しています。

Q8. 展示会やPoCで技術を公開してからでも、特許出願できますか?
A. 日本には新規性喪失の例外規定がありますが、あくまで例外です。原則として出願前公開は新規性に影響し得るため、展示・PoC・論文・Web公開等より前に知財確認を行うことが重要です。

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執筆者

木林 威夫
AIと経済学の研究に従事。株式会社文化資本創研では、文理を超えた学際的な立場から、企業・大学・行政・地域を横断し、各産業におけるイノベーションの企画と社会実装を担当。一般社団法人デジタル・オープンイノベーション・キャンパス(DOIC)では、学際的・国際的な産学連携に携わる。
本記事は、特許制度や法的判断の専門的解説ではなく、企業がフィジカルAI事業を設計する側の視点から書いています。現在も国内企業のフィジカルAI・ドローン関連事業において、製造技術・AI・大学研究の接続と事業化を進めています。

更新履歴

2026年8月19日|初版公開
特許庁の審査事例(令和6年3月13日追加分を含む)、2026年5月27日一部変更後の「AIロボティクス戦略」、第35回 2026知財・情報フェア&コンファレンスの公表情報を基準に作成。

主な参考資料

特許庁「AI関連技術に関する特許審査の事例について」(平成29年3月5事例、平成31年1月10事例、令和6年3月13日10事例追加/特許・実用新案審査ハンドブック附属書A・B掲載)
特許庁「AI関連発明の出願状況調査」
特許庁「標準必須特許ポータルサイト」
特許庁「発明の新規性喪失の例外規定の適用を受けるための手続について」
特許庁「オープンイノベーションポータルサイト」(モデル契約書を含む)
経済産業省「オープン&クローズ戦略」事例集(2026年2月17日更新)
経済産業省「営業秘密管理指針」
経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」
知的財産高等裁判所 令和7年(2025年)1月30日判決(AIを発明者とする出願に関するもの)
産業構造審議会 知的財産分科会 特許制度小委員会 資料
AIロボティクスに関する関係府省連絡会議「AIロボティクス戦略 ~社会実装を加速し、巨大市場を切り拓く~」(令和8年3月26日決定、令和8年5月27日一部変更)
「第35回 2026知財・情報フェア&コンファレンス」公式情報および主催者発表
※本記事は2026年8月時点の公開情報および筆者の事業・技術戦略上の考察に基づいています。個別の特許性、侵害判断、権利帰属、契約、標準必須性その他の法的判断については、個別事情に応じて弁理士・弁護士等の専門家へご確認ください。

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